「ゼネレーションギャップ!?
 
〜おじいさんの戦争体験〜」の巻

 

8月の初めからから8月15日前後はケーブルTVやNHKで
戦争・原爆被害者特集が頻繁に流れていた。



私なんかは「ああ、教科書にこんなこと載っていたっけ」くらいに
思ってしまうところなのだが、うちの祖父は違う。




おじいさん:「硫黄島決戦の映画かあ。
       おれもどうせ戦うなら、
       硫黄島の方がよかったなー。」(笑)



まみっちょ:「ええっ!?」

        (↑「なんで、(笑)なの!?」と戸惑っている・・・。)



※おじいさんは戦争映画の予告を食い入るように、見ている。



まみっちょ:「戦争映画って、そんなに面白いものなの???」(大汗)




おじいさん:「なーに言ってるんだ?
       戦争は”オレの青春”、そのものなんだぞ!」



まみっちょ:「!?」



そうでした。私の祖父は16歳(!)で中国の南京に出征し、
蒋介石(しょうかいせき)軍の捕虜(ほりょ)になったのでした・・・。




お爺さんは同居して2年目くらいから、
時々、戦争の思い出を私に話すんですが、
暗いどころか、
「これってどう聞いてもドリフのコントだろう!?」(笑)
ってな笑い話ばっかり言うんだよね・・・。



本人は
「関係者がまだ生きてるかもしれないから、
 今は他の人に言うじゃないぞ。
 言うなら、俺が死んでからにしろ!」(笑)

といっているので、詳細はかけない。


が、戦争経験者の体験をこのままうずもれさせたら、
私の世代より若い人たちは何もしらないまま、
ファイナルファンタジーやバトルロワイヤルのようなことを
将来、平気でしてしまうかもしれない・・・。(汗)


なので、当り障りのない、ドリフネタ(?)のタイトルだけ
書いてみることにする。


(1)中国に出征して、水筒をもらおうとしたら、竹筒を渡された話。
   (「まったく、江戸時代じゃないんだから!(笑)」ネタ。)

(2)名刀・正宗で切れなかったものが、
  車のバネで作った刀で切れてしまった話。

   (「名刀がバネに負けるなんて・・・。」ネタ。)

(3)馬の糞を手でかきだして、馬の便秘を治した話。
   
(これはやった本人が話さないと、滑稽さが出ないわ(笑)ネタ。)

(4)まだ自分が16歳なのに、45歳の部下が配属されて、
  どうしたらいいか困った話。

   (これって年下の部下をもったビジネスマンにも
   共通する悩みだよねネタ。)

(5)南京で蒋介石軍に捕らえられ、
  
「もうダメだ!!!」(冷や汗)と思ったら、
  中国側の将校さんがたまたま日本の早稲田大学に留学して
  い
た時私の祖父の家と”近所”だったおかげで命を助けられ、
  しかも中国料理をご馳走して
くれた
話。
  
(ご近所つきあいは大切だ
!?)


など。




まみっちょ:「昔の人は”お国のために”と思って戦地へ行くもんだ
       と思っていたけど、おじいさんの話だと、
       そんな悲壮感全然ないね。」(笑)




おじいさん:「だーれが好き好んで戦争なんか、行くもんか!
       
”お国のために”なんて言っているのは
      士官のやつらだけなんだ。


       みんな、『早く日本に帰って家族に会いたい!!』
       そう思って生き抜いてきたんだ!!!
       お前はそんなこともわからんのか!このバカくそう〜♪」




祖父は、げんこつ握って、ハーと息をかけるそぶり。
完全にからかわれている・・。(笑)
こういうときは素直に「ごめんね。」とあやまるに限る。



私の母は祖父から戦争の体験談は全然聞いたことがなくて、
母は「48歳になって初めてそんな話を聞いたわ!」と驚いていた。


祖父が戦争に徴兵されてから、
約60年間も誰にも言わずに黙ってきた話なのに、
なんで私にはしょっちゅう言うんだろう???



春日部の実家にいたときは、お盆の墓参りもしなけりゃ、
「そういや、終戦記念日過ぎたんだっけ??」くらいな感じだった。


でも、お爺さんの思い出を聞くたびに、
「コントみたいで大笑いなのに、なにか熱いものが目にこみ上げる」
のはなぜなんだろう。


なんだか不思議だね・・・。


 

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